コビトオウサマウニ

コビトオウサマウニはブログの内容とまったく関係ありません。でも名前がとってもかわいらしいので使わせいただきます。勝手にごめんね、コビトオウサマウニ。

死にたいと毎日思うくらいなら…

実は5年ほど前から毎日死にたいと考えています。朝昼晩どこかのタイミングで必ず大きめなうつの波がきます。動けないし涙が出てくるし大変です。しかもひとたび泣き始めると数時間の間ずっと鼻をかむことになるので慢性的な肌荒れがあります。いつも鼻のよこ皮むけて痛い。

そんな感じで数年間毎日うつの思考に浸ってきたので死にたいと考えることはほぼわたしの癖のようになっています。

 

うつになり始めたころは原因をさがすために過去を振り返ることが多かったのですが

振り返るたび自分を嫌いになる一方だったので余計に悪化してしまいました。

その行為が今ではトラウマのようになっているため、過去のことがほとんど思い出せなくなりました。こんなことあったよねって言われれば思い出せることもありますが、大体のことは忘れてしまっています。

ただ、うつ状態のときは嫌な記憶だけが次々と蘇ってくるのでとてもつらいです。

うつになった原因は分からずじまいですが、無理に追求するのはやめておきます。

 

祖母や母と話していると死にたいと思うことがしばしばあります。2人は仕事のことを話したり、いつも大変そうだったりします。2人のことは大好きです。

話を聴くことで助けになりたいと思っているので、寄り添うことを常に心がけています。でも、心の中で我慢できず逃げ出したい自分が暴れ出しそうになります。しかし相手はより語気を強めて話し続けてしまうのです。

こんなことが我慢できずイライラしてしまうなんて人として最低で、普通じゃない、と思います。

普通じゃないのなら生きていけるはずがないと思ってしまいます。

皆さんはどうやってるのでしょう。どうすれば普通になれるんでしょう。考えても到底普通になれるとは思えません。でも最低な自分に我慢ができません。そんな自分は死んでしまえと思います。でも我慢する様子を見せずに演じるのも嘘をついている気がしてすんなりとはできません。

昔から家庭でも学校でもいい子を演じてきました。まるで宗教で説かれるような「完璧な人格」を演じることに慣れてしまっていました。

それが周りに受け入れられなくなったときから正しくないことなのだと気づきました。

しかしどう生きればいいかなんてわかりません。そこからは常に人の言うことに合わせて自分を変えてきました。その場その場での正解を追ってきたので自分の考えなど作られてきませんでした。それでも、これはいやだ我慢できないと思うことだけはしっかりあるのです。

そんな自分好きになれるわけがありません。

高校生のころには、きっと自分に求める理想が高いからありのままの自分を受け入れられないのだと色々な大人に言われてきました。

だから、自分に何も期待しないことにしました。失敗して自分を必要以上に責める癖は治りませんでしたが、より良くなろうと自分を追い詰めることはしなくなりました。

でも、そのせいですべてを諦めるようになりました。どうせ何もできないから何もしない。そんな思考がうつを加速させてしまったように思います。

今は何もできないかもしれないけど目標を作るようにしています。それだけでもちょっと明るい気持ちになれます。そんな風に毎日なんとか暮らしています。

でも死ねるなら死にたいです。5年の間にいろいろあって生きるしかないと諦めましたが、今でも、もしかしたら死ねるんじゃないかと思うことはあります。でもやっぱりまわりのことを考えるとどうしても自分のことだけ考えて死ぬなんて厳しいけど無理なんですよね。

自分にとっては夢も希望もない人生でも、生きてることで両親や祖母に幸せを与えられるのかもしれないですし、死にたくても生きるしかないんですよね。

毎回こうして死ぬことを諦めるたびにどうしようもない虚無感に襲われます。すぐに楽になれるという希望さえなくなってしまい残酷だといつも思います。

いつも悩んで気持ちの落とし所がなくてつらいです。でも劇的な言葉に頼るのはいやです。そういうものに頼って考えることを放棄すると周りを傷つけることが増えます。

祖母は思想が宗教中心で、母も宗教に長く入信していました。だから宗教の教えのように都合のいい言葉で思考を放棄させるのはすごくいやでした。相談しても教えの言葉で返ってくるのはすごく寂しいことです。ばあば自身は私のことどう思ってるの?お母さんはどう思ってるの?そういう気持ちになりました。でも頼らざるを得なかったんだろうなと思います。

 

受け入れられないことばかりです。あと40年。両親が亡くなるまでは頑張って生きようと思います。